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東京地方裁判所 昭和27年(ヨ)4013号 決定

申請人 篠原昌子外三名

被申請人 三菱日本重工業株式会社

主文

申請人らの本件仮処分申請はこれを却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

第一申請の趣旨

被申請人が昭和二十七年三月十日申請人らに対してなした解雇の各意表思示の効力を停止する。

第二申請の理由

被申請人は本店を東京都中央区日本橋本町三丁目九番地に置き、工場を東京都大田区下丸子町、川崎市、横浜市等に有し、自動車の修理組立、機関その他鉄鋼製品の製造、造船等を業とする株式会社で、昭和二十七年六月一日現在の商号三菱日本重工業株式会社を称するまでは東日本重工業株式会社と称していた。

同会社東京製作所は前記の東京都大田区下丸子町所在の工場をいい、主として自動車等の修理組立作業を行い、昭和二十七年三月現在従業員約三千八百名を擁する。申請人らはいずれも同製作所の従業員であり、且つ同製作所従業員を以て組織する労働組合(東日本重工業東京製作所従業員組合)の組合員で、申請人篠原昌子は補給部倉庫課記帳係の雇員、角野政夫は生産部部品課部品係、高野敬悌と増田実は同部第二生産課第三PT係の工員であつた。

被申請人会社の東京製作所は昭和二十七年三月十日午後三時頃から申請人らに対しそれぞれ解雇を告知し、解雇の理由については「会社の都合による」というだけで、何らその理由を明かにせず、申請人らを即時工場外へ退去させた。また組合に対しては右解雇の告知直前午後二時三十分頃組合の組合長、副組合長、及び書記長に会見を申込み、「会社の事業継続上障害となる」との理由で解雇する旨を口頭で通告した。組合側はこれに対し具体的の理由の説明を求めたところ、何の回答もなかつたので、解雇を承認することができないと回答して会見を終了した。ところが右製作所はその後組合と協議することなく、その直後申請人らに対し解雇の告知をした。

しかし解雇は従業員及びその家族の生活権を脅すものであるから、むやみになさるべきものではない。また組合と製作所との間には、昭和二十三年二月十三日に締結された労働協約はすでに失効しているが、右製作所は組合に対し旧労働協約の精神を尊重して運営すべきことを確約したに拘らず、製作所は右確約をも無視した。そして解雇の具体的理由については、何等明示するところがない。このような解雇は信義則に反し解雇権の濫用であつて無効である。訴訟の確定をまつては、申請人らとその家族の生活は脅かされ、著しい損害を蒙るので、仮処分を求める。

第三被申請人の主張

(一) 東京製作所は昭和二十一年八月連合軍総司令部の指令によつて賠償指定工場となり、更に昭和二十三年四月工場施設の一切が米軍に解放されて、その兵器工場となり、形式上の所有権は会社に属しながら工場全体の管理権は米軍の手に移ることとなり、それと同時に会社は特別調達庁を通じ米軍車輛修理の役務要求を受けてこれに応ずることとなつたのであるが、昭和二十五年朝鮮事変が始つて後は作業が軍作戦に直結することとなつたため、工場司令官以下米軍将兵が常駐し作業管理、工場保安、消防等を完全掌握する一方、会社は米軍との間に直接契約を結んで役務に従うこととなり、契約条項も製作仕上の期限、価格について、わずかに折衝の余地を残す外は、すべて米本国において、軍が民間会社に兵器等の発註をする場合に要求されるところ(国内保安法、工業各種機密保護取扱要綱等)に準じて軍が一方的に要求する役務契約書に調印し、右役務契約書に基いて、米軍の示達する兵器の再生修理をしなければならなくなつた。占領下にあつては、占領軍の要請を拒むことのできないのは、一九四五年九月二日附指令第一号附属一般命令第一号第十二項及び同年九月三日附指令第二号第四項によつて明かであつて、米軍との右役務契約は形は契約であるが、実質は占領米軍によつて定められたところの、国内法に優先する法規範に外ならない。昭和二十三年以来役務契約は一年毎に内容を強化して新たに締結されたのであつたが、昭和二十六年七月一日附役務契約書第十四条は「作業遂行若くは役務の実施に当らせているいかなる従業員も、一般従業員たると役員たるとを問わず、契約官若くは代理者が文書を以てその者の雇用を拒否し若くは解雇(Terininate to employ)方を請負者に通告後は、請負者は組織のいかなる部分においても、これを雇用し若くは雇用済の場合は留め置くことをなさざるものとする。」と定めている。この項目は右に述べたようにアメリカで軍が民間に兵器を発註する際、常に要請する項目であるばかりでなく、占領下における役務契約の性質が、わが国内法に優先する法規範である以上、この約款は会社をも従業員をも拘束し、米軍の一方的解雇要求に応じ会社は直ちに指名された従業員を解雇せねばならず、被解雇者も国内法によつて解雇の効力を争うことができない。

仮りにこの解雇約款がわが国内法に優先するものでないとしても、この約款に基く米軍の具体的解雇要求の通告は実質的に軍令であつて、降伏文書附属一般命令第一号一九四五年九月二日附指令第一号第十二項にいう「連合軍官憲の発する指示」であるから、会社も被解雇者も無条件降伏をした日本国の一私人として誠実且つ迅速にこれに服従する義務を負う。

昭和二十七年三月七日同工場司令官スターク大佐から東京製作所所長宛文書を以て申請人ら四名を三月十日までにできる限り速かに東京製作所兵器工場の施設から排除すべき旨の通告があり、右文書は所長に手交されるとともに、同大佐から所長に対し右通告が役務契約第十四条の規定に基くものである旨の説明がなされたのである。もつとも右通告には同工場の施設から「排除」すべき旨記載されており、「解雇」とは記載されてないが、本来被申請人会社の正社員以外はその工場限りで雇われているのであつて、申請人篠原は雇員で、他の申請人は工員で、いずれも正社員でないから同会社の他の工場で新に採用されない限り、他の工場で働くことができず、その工場の施設から排除することは、結局解雇することに外ならない。

(二)  仮りに役務契約が国内法に従うべきものであり工場司令官の通告が軍令でないとしても、解雇は次の理由により有効である。

(1)  会社は国内法上解雇の自由を有し、それを濫用せず且つ法令に違反しない限り、解雇は有効である。即ち東京製作所所長は工場司令官スターク大佐の通告を唯々諾々として受けたのではなく、解雇要求の理由の釈明に努めたのであるが、スターク大佐からは「米国政府の責任において保安上の見地から慎重に調査検討の結果従業員として不適当と決定した」旨の説明があるのみであつた。然し苟も責任ある工場司令官から米国政府の責任において保安上の見地から慎重調査した、と言明されたことは、工場保安権が工場司令官の完全掌握下にあることに照して、会社としては米軍がその機能を動員して万全の調査をしたものと信ぜざるを得ないし、又その調査の結果得られた結論が妥当なことも信ぜざるを得ない。会社はこれらを疑うべき何等の資料も根拠も持たないのである。故に本件解雇は軍作戦に直結する兵器工場から保安上有害な者を排除するに帰し、この目的のため役務契約を誠実に履行することは、契約上当然のことであつて、これをもつて権利の濫用であるとはいえない。

(2)  本件解雇は就業規則第六十条第二号の解雇事由「已むを得ない事業上の都合によるとき」に該当する。当工場は賠償指定工場であり、また進駐軍に解放されたものであり、保安の全部、労務管理の大部分は米軍がにぎつているのであつて、若し会社が通告に違反し解雇を拒否する場合は会社の当面の責任者である社長、取締役等の幹部乃至所長以下関係職制等までも排除される虞もあり、又契約第十一条には会社が契約条項を実施しないときは契約の全部若くは一部を取消し得る旨を規定しているから、この規定に従つて発註は即時取消される虞もある。最悪の場合には工場の解体や全従業員の失職等の事態の発生すら予見されないでもない。故に会社は事業の維持存続のためには申請人らを解雇する外はない。

(3)  会社は組合に対し解雇の具体的事由を明示し、協議する義務がないばかりでなく、所長は工場司令官から通告文書を手交された際本件解雇につき米軍の解雇要求があつた事実は厳秘にするよう要請され、又何故申請人らが工場保安上の見地から従業員として不適当であるのか、その具体的理由を聴くことができなかつたため、組合並びに申請人らに対し解雇の理由を説明するに当つて、単に米軍の要求によることを暗示するに止め、「米軍の作業をしている特殊事情下にある会社としては、就業規則第六十条第二号にいう已むを得ない事業上の都合により解雇する」旨を説明し、それ以上に具体的な解雇理由は会社として承知しないことでもあり、説明しようにもできないことであつた。又組合は従来昭和二十四年九月二十二日附覚書で米軍の示達による人物の排除については将来にわたり包括的に承認している。従つて、本件解雇について組合と団体交渉や協議をしなかつたとしても、解雇は無効ではない。

(三)  申請人角野、高瀬、増田の三名は解雇の告知を受けた席上で異議を留めず退職給与金及び離職票を受領した。申請人篠原はその場では受領を拒絶したが一週間後離職票の交付を自ら要求し、同時に退職給与金の供託書を受領した。即ち申請人らはこれによつて解雇を承認したものと認むべく、解雇の効力を争つて救済を請求する権利を放棄したものに外ならぬから、申請人らの本件仮処分申請はこの点においても理由がない。

第四申請人らの反駁

(一)  会社の主張するような内容の役務契約が存在することは知らない。仮りに存在するとしても、それは米軍の定めた占領法規の性質を有するものではなく、わが国内法によつて律せられるべき契約に過ぎない。会社の主張する契約第十四条の解雇約款は、会社に対し米軍の一方的な要求に応じて何らの理由もない解雇をも敢てしなければならぬ契約上の義務を負わしめるものであつて、国内法上尊重せられるべき労働権を無視した無効な約款である。仮に有効だとしても、契約の当事者でない申請人らを拘束するものでもない。

又工場司令官から約款に基く解雇要求の通告があつたという会社の主張は首肯されない。そのことは従来の解雇の場合は米軍の通告のあつたことを明示しているに拘らず、今回に限つて公表しなかつたことによつても、疑うに十分である。

(二)  仮に解雇要求の通告があつたとしても、工場司令官の通告は具体的理由を示していない。いやしくも労働者の労働権を侵害する要求をするについて具体的理由を示さないのは、理由がないものと推定すべきである。会社も米軍に対しその理由を具体的に明示することを求めようとせず、米軍の調査や判断を軽々しく信じ、その要求に盲従し申請人らを解雇したのは不当であつて解雇権の濫用である。

(三)  本件解雇は就業規則第六十条第二号にいう「已むを得ない事業上の都合によるとき」に該当しない。会社が米軍の要求を拒否したからといつて会社の主張するような結果が発生することは考えられない。工場の解体や全従業員の失職などは米軍作業自体の非能率や生産低下を来し、他から同程度の熟練技術を補充することはできないから、言うべくして行われないことである。のみならず会社の提出する疏明資料である通告文書の記載文面によれば、それは申請人らを東京製作所工場施設から排除することを要求したものであつて、必ずしも解雇の要求ではない。申請人らは会社に雇用されている以上、会社としては当時米軍の作業に従事していない本社、横浜造船所、川崎製作所等の事業場に配置換えをすることはできる筈であり、それによつて東京製作所工場施設から排除の目的を達するのであつて、本件解雇はこの点においても「已むを得ない事業上の都合による」ものとはいえない。

(四)  申請人角野、高瀬、増田の三名は退職給与金を受領するに当つて解雇を承認したことはない。仮りにその受領によつて解雇を暗黙に承認したものとしても、右承認の意思表示は会社の詐欺又は強迫によるものであるからこれを取消す。即ち会社は右三名の申請人らにそれぞれ解雇を告知した際武装した守警数名を応接室前廊下の要所及び室入口前に予め配置しておいて、申請人らを突然応接室内に呼び入れ、威圧の態勢下に解雇を告知し、申請人らを畏怖させて、解雇予告手当その他の退職給与金を受領させたのであるから、それが暗黙に解雇を承認したことになるとしても、強迫によつて承認したことになる。申請人角野はなお会社より「労働組合が解雇を承認した」との虚偽の事実を告げられ、これを信じて退職金等を受領したのであるから、それにより解雇を承認したことになるとしても、詐欺により承認したものである。

申請人篠原は、一週間後に離職票と退職給与金供託書とを受領したことは事実であるが、解雇を承認するものでないことを表明しているのである。

第五申請人らの反駁に対する被申請人の主張

申請人角野、高瀬、増田に対しては、各別に製作所内応接室で解雇を告知したのであるが、その際守警数名が応接室前廊下の要所及び室入口前にいたことは認めるが、守警は常に工場を警備しているのであつて、当日特に厳重に警備した事実もなく、申請人らは平素これら守警の警備する工場内で作業に従事しているのであるから、特に威圧を受ける理由もない。右申請人らはいずれも解雇のやむない事由を諒承して退職金を受領したのである。そればかりでなく、右守警は米軍保安部に直属し、その配備は工場内の米軍保安部が管理する工場の保安のためとつている処置であり、告知後即時退去の処置も、米軍の要求に従つて会社の執つた処置であつて、会社が強迫した事実もなく、また右申請人らに対し組合が承認した旨を告げた事実もない。

第六当裁判所の判断

(一)  被申請人会社は本店を東京都中央区日本橋本町三丁目九番地に置き、工場を東京都大田区下丸子町、川崎市、横浜市等に有し、同会社東京製作所は右下丸子町にある工場であつて、主として自動車等の修理組立作業をし、申請人らはいずれも同製作所の従業員を以て組織する東日本重工業東京製作所従業員組合の組合員で、申請人篠原昌子は補給部倉庫課記帳係の雇員、同角野政夫は生産部部品課部品係、同高瀬敬悌、増田実の両名は同部第二生産課第三PT係の工員であつたこと、同会社東京製作所は昭和二十七年三月十日申請人らに対し口頭で即時解雇の意思表示をしたこと、その当時東京製作所は賠償指定工場であり、工場施設の全部が米軍によつて管理されていたことは当事者間に争がない。

(二)  疏明によれば昭和二十六年七月一日附で米国政府と被申請人会社との間に結ばれた役務契約の第十四条には「本契約の作業の遂行若くは、役務の実施に当らせている如何なる従業員も、一般従業員たると役員たるとを問わず、契約官若くはその代理者が、文書をもつてその者の雇用を拒否若くは解雇方を請負者に通告後は、請負者はその組織の如何なる部分に於ても、之を雇用し若くは雇用済の場合は留め置くことをなさなさざるものとする」と定められていることが認められる。会社は右役務契約を以て形は契約であるが実質は占領米軍によつて定められた法規範で、わが国内法に優先し、会社は右第十四条の規定に従い米軍の解雇要求に応じ直ちに指名された従業員を解雇せねばならず、被解雇者も国内法によつて解雇の効力を争うことができない、と主張する。しかし右役務契約当事者は米国政府と被申請人会社であり、しかもその内容から見ても、右は米国政府と会社との間に成立した私法上の契約の一種と見るほかはない。占領下の特殊事情下のため主導性は全く米軍にあつたにしても、会社は企業維持の必要から会社自身の自由意思に基いて米国政府との間に任意に役務契約を結んだものと認めるべきであつて、法規範が設定されたものとは到底認められない。

次に会社は、役務契約が占領軍によつて定められた法規範でないとしても、契約第十四条に基く米軍の解雇要求の通告はあくまで実質上の軍令であつて、降伏文書附属一般命令第一号一九四五年九月二日附指令第一号第十二項にいう「連合国軍官憲の発する指示」に該当し、会社も被解雇者も等しく誠実且つ迅速にこれに服従する義務を負うと主張する。しかし既に役務契約を私法上の契約と見る以上は、右契約に基く工場司令官の通告はやはり形式実質ともに私法上の意思表示であり、軍官憲の命令や指示として為されているのでない。従つて本件解雇の効力はわが国内法によつて判断されるべきである。

(三)  そこでわが国内法上本件解雇が、会社の就業規則第六十条第二項の解雇事由である「已むことを得ない事業上の都合によるとき」に該当するかどうか、或は申請人らの主張するように解雇権の濫用であるかどうかについて判断する。それには本製作所と米軍との関係や解雇当時の事情を考えてみる必要がある。疏明によれば次の事実が認められる。

即ち同製作所の工場施設の所有権は当時も会社に属していたけれども、昭和二十一年八月商工省通達により賠償工場として指定されて以来右製作所の設備機械などの管理権は挙げて会社の手を離れ、連合軍総司令部の手に帰し、占領政策の進展によつて総司令部が工場施設の全部を米軍の車輛修理工場にする目的で米軍に解放してからは、その管理権は直接に米軍の手に帰し、同時に会社は所有施設の全面的使用許可のもとにこれら車輛修理の発註を受け、軍の要求する生産計画に従つて作業要員を提供し、軍の供給する資材と動力と技術指導とによつて作業を遂行することとなり、生産、検査、検収、労務管理、所内人事移動、秩序風紀の維持取締、軍機保持等一切は軍の要請するところに従うこととなり、組合も当時米軍の作業遂行に協力することを承認していた。そしてこれらの一切は役務要求によつて定められ、最初は特別調達庁を通じて同庁との間に契約されていたが、朝鮮事変が始つてからは作業が軍作戦に直結する関係上、作業の完全遂行は厳重に要求され、米軍在日兵站部が米国政府の名において直接に会社との役務契約を結ぶようになり、この契約の内容は軍作戦の要求に向つて益々強化された。殊に昭和二十六年七月一日附役務契約第十四条では米軍の軍機の秘密保持その他の必要上、右のように米国側の通告による解雇約款が定められた。ただに契約面上の強化に止まらず、工場の管理保全や作業の指揮監督面においても、工場司令官が設けられ、米軍将兵が常駐し、次いで昭和二十六年十一月一日以降は駐在の米軍は一独立部隊として編成されるに至つて、工場保安権は絶対的に米軍の掌握するところとなり、会社としては工場の保安については全く無権限となつた。

昭和二十七年三月七日工場司令官スターク大佐は東京製作所大井上博所長に対し、「工場よりの排除」と題する文書を手交し、「好ましからざる従業員に関する米軍会社間の契約に従い申請人ら四名を三月十日までにできる限り速かに東京製作所兵器工場の施設から排除する」ことを要求し、それが工場司令官の要請であることについては、厳秘にすることを要請した。所長は直ちにその理由を質したところ、同大佐は「米国政府の責任において保安上の見地から慎重に調査検討の結果従業員として不適当と決定したものであつて、役務契約上の人事約款に基いて要求する」と説明した。所長は申請人らが何故に保安上従業員として好ましくないのか、その具体的事実を聴き確めようとして翌八日同大佐を再び訪ねたが、「作戦に直結している工場であるから作業遂行上好ましくない者を排除するのであり、軍の上官からの命令によつたものである、」という説明しか得られなかつた。

そこで所長は本件解雇の告知当日先ず組合の役員を招致して、「米軍の作業をしている特殊事情下にある会社としては、就業規則第六十条にいう『已むを得ない事業上の都合によるとき』に当る、」と解雇理由を説明した。更に所長は申請人らに対する解雇の告知についても組合に対すると同様に、スターク大佐の厳秘要請に従いながらも軍の要求によることの暗示だけはして解雇理由の説明をすることとし、その旨を申請人らの所属する各職制に指示し、各職制は所長の指示に従い申請人らを順次各別に製作所内応接室に招きそれぞれ口頭で、「当工場は米軍の作業をしている特殊事情にある関係上、已むを得ない事業上の都合により解雇する」旨を告知した。

以上認定した事情のもとにおいては、会社が工場司令官の解雇要求を拒否したとしても、工場の管理権と保安権とを握つている米軍部隊は、自らの管理権と保安権に基いて申請人らの工場施設への立入を禁止することも自由であり、申請人らは事実上その職場で就業することができなくなり、雇用関係存続の基礎を失うばかりでなく、ことに占領下において、厳格な役務契約条項の下に軍作業を完遂することによつて、経営の維持存続を図るほかない会社としては、米国政府との契約条項に従い、その要求を容れることは、経営権の存立の安全を自ら放棄しない限り万已むを得ない処置である。また会社の経営権の安全を失うことは、同会社に使用される数千の労働者の運命にも影響する結果となる。こういう場合に契約条項に従つて申請人らをその工場から排除することは、会社の就業規則第六十条にいう「已むを得ない事業上の都合によるとき」に当る。またこれをもつて解雇権の濫用であるともいわれない。

もつとも兵器工場司令官から同製作所長に宛てた「工場よりの排除」と題する文書には、申請人らを「東京製作所兵器工場の施設から排除」すべき旨記載されている。従つて、申請人らを同工場から排除すれば、軍の要求に答えたことになるのであつて、兵器工場以外の工場にまわすことも可能であり、解雇するのは不当であるとも一応は考えられる。しかし申請人らはいずれも東京製作所の工員または雇員であつて、正社員と異り、始めから東京製作所に勤務すべく雇用されているのであつて、他の事業場への配置換えは、申請人らが一応東京製作所を退職して後、他の事業場が申請人らを特に新に採用しない限りできないことが疏明によつて認められる。従つて同製作所より排除することは結局会社から解雇することとなる。従つて製作所よりの排除要求に対して解雇の処置をとつたことは不当であるとはいえない。

申請人らは、米軍が会社に対し申請人らを工場施設から排除する要求を通告するについて排除の具体的理由を明示せず、会社もその理由を明かにせずして、ただ軍の要求に盲従し、軽卒に申請人らを解雇したことは不当であるという。しかし同製作所大井上所長は工場司令官スターク大佐に対し具体的理由の説明を求めたが、同大佐よりは、保安上の見地から慎重に調査検討の結果、従業員として、不適当と決定したというだけで、具体的の説明を得ることのできなかつたことは前に説明したとおりであり、米軍としては契約上具体的理由を明示する義務を負つているものでなく、会社としても前に述べたような事情がある以上、その理由を明かにしなかつたからといつて、解雇自体を無効とすることはできない。

申請人らは会社が解雇につき予め組合と協議又は団体交渉をしなかつたことは不当であるというが、会社はその就業規則又は労働協約上、そのような義務を負つているものでもないことは当事者間に争なく、また組合とそのような協定を結んだ疏明もないから、その手続を踏まなかつたからといつて、解雇を無効であるとすることもできない。

尤も申請人らの立場からすれば自分にどんな非があつて、解雇されたかすらも知ることができず、組合としても軍の要求によるらしいことが暗示されただけで、その理由が明示されなかつたことは前に述べたとおりであるから、申請人らや組合が解雇通告に対し甚しく不満と疑惑をもつたことも十分諒解されるのである。もし自ら解雇されるべき何等の責むべき理由がないと信ずるに拘らず、ただ一片の通告によつて、何の理由も明示されずして解雇せられ、然もその解雇の無効を争うことができないとせば、何としても納得し難い心持の残ることも無理からぬことである。時としては本人が無実の責任を負わせられることも全然ないとは保証できないのであるから、会社としてはでき得る限りその理由の開示を求め、もし本人に解雇の責むべき理由がないと認めるときは、本人のために申開きをして要求の撤回を求めるとか、それでも同工場よりの排除がやむを得ないときは、他の工場に採用方をあつせんするとか、その他労働者の生活を保護するため適当な配慮をめぐらすことは、このような工場を経営する者として為すべき情ある措置であるといえよう。もしそうでないとせば、ひとり被解雇者の犠牲において、会社と他の労務者だけを利する結果となる場合があるからである。しかしそれは単に情誼上そうあることが望ましいというだけであつて、前に述べたように、経営上やむを得ない事情がある限り、それをもつて、解雇無効の理由ともなし難い。

すでに解雇が有効に為されたものである以上、申請人らが解雇を承認したかどうかを判断するまでもなく、解雇の効力の停止を求める本件仮処分申請は理由がないから、これを却下することにして、主文のとおり決定する。

(裁判官 千種達夫 立岡安正 田辺公二)

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